おっ、やべぇーと、土曜の朝の寒さに、お布団に包まったまんま8時過ぎてるのに気付く、早ければ、2時間チョイ・・・最近、更に更にーと、距離短縮ルートをメっけて時間も縮めらて・・・あ、でも、それは只走るだけならってヤツで、~例えば、母親の居る施設へ直ならまたより短く成るのも見つけてるのだけど、ま、色々都合も有って、面会~って、例えば病院だと、午後3時~みたいなキマリが有るのがフツウだ、が、施設の方は特に無いんだよね、でも、其れなりに私も良識を持って、午後に行く様、相ーしてて、午前中、先ず母の家へ行き、便りとか確認し、自分もお昼ご飯をソコで食べて、その後、施設へ~と行くスケジュールにしてる、だからそれを遡らせて、こちらを出る時間を考えると、・・ま、9時に出るのが、丁度良いかも~な訳、それがこの日、8時回ってまだ布団中でゴソゴソしてたんだからね、時計見て、慌てて動き始め、結局9時は裕に過ぎてーの出発に成ってしまった、・・と、そろそろ冬の寒さへの対応が必要で、約、3時間程自転車で走らなかん訳で、その道中の恰好が難しく成って来た、丸っ切りの防寒装備なままだと、時間によったり、やはり坂を上がる事が多いから、そんな重装備~が、暑く成って来たりもし兼ねない、前、2週前の時は、その坂の頂上等辺で、上のコートを脱いだりもした、・・ま、気温と天気とかとか、装備はホント対応してくしか無いんだけどね、ま、とにかくこの日は完全真冬装備で挑んだ、今年は、きょねんは使って無かったネックウォーマーも使ってて、それも着けた、と、日差しは、時間的に太陽も上がり切り高い、が、気温はそれに反して低くて、その完全真冬装備で丁度良い状態、・・手袋ももう真冬にしか着けない厚めーのヤツ、この日は結局そのままで関の母の家まで行ってしまった、着いてから少しの間は余熱っつーかやや暖かポカポカだったが、中に入って、上着とか脱いでたら、次第に寒く成る、・・結局、脱いだの再度また元のまんま着込んで、それでも寒く、家に有った電気ストーブも使って見る、・・・この電気ストーブ・・ぜんぜん温まれないの、今年のまだ寒かった頃、母はこんな暖房能力の無いモンだけでよく耐えてたな・・・ま、だから寒さ凌ぎにずつと寝袋に包まったまま居たのだろう、・・・結局、防寒、暖房の最もあったか~なのって、お布団~とか、寝袋にずっと入ってる~ってのにに成っちゃうのね、普通のウチだと、エアコン点けーのストーブも点けーの更に更に床暖房~だ、ナンだ~と、金を湯水の様に使って暖を取るんだろうけど、・・コレ、流石親子、ウチらは別々に暮らしてますが、私も休みの日って、寒くて仕方ないと、真冬の厚手の服羽織ったまんま布団被ったりしてるからね、電気代も抑えられる、・・・ケチケチケチ~でね、私んちもストーブとか無し、ま、最終兵器がエアコンだが、それしか無い、ふらっ~と外出ると近所中室外機が回りっ放しだ、どこもエアコンフル稼働してるのに・・・・、さて、寒い母の家にて、誰っーーーーも居なくて物寂しいから、TV点け途中のコンビニで買った昼ご飯を平らげる・・・と、暫くして午後1時を回った、じゃ、施設へ向かうか、ストーブ、TV、他〜照明も切り・・・明かりも消すとココはまた無人、薄暗いまんま~な、あの日母が居なくなった時へ戻ってしまう、玄関の鍵を掛け、急ぎ早に自転車を走らせる・・・ココから施設までが大体2㎞くらい、この母の家から施設まで~のルートも思案中~だ、何せ住んだ事の無い町で、ぜんぜん道も知らないからね、と、がっつり真冬装備を剥ぎ取り、自転車へ残して、薄着で施設へ入る、受付は何時もの通り、現時間、母の名、そして自分の名~をノートへ書き込み、窓口担当に挨拶して母の居る階へ上がる、・・・・エレベーターの扉が開くと、出て左〜見ると大抵、大応接間・・大きなTVが有って、机が幾つも並び、・・たぶんソコが入所者達の食事を取る場所の様だ・・・で、話し戻し、エレベーター~左〜出て、目をやるとははが居る、・・私は眼👀が良く無いので、眼鏡をしてても、ホント言うと確信は出来て無いが、‥相、見えて無いがそちらへ向かっていつも手を振るのね、と、すかさず向こうからも振り返して来る、それが母だ、と、空かさず近くに居る同入居者さんに「ウチの息子!!!」ーと、大きな声で紹介を始める、・・・目👀は完全に母の方が良く、あちらからはハッキリ見え、そして理解も出来てる様、・・この「私」が何時まで判断出来るのかな~的、不安も有る、認知症、年齢の増し~がね、この日は、今月の私の手術と入院の件を、病院から出されてた説明書とか持ってって話した、・・と、母は、直ぐ「行ってやりたいが出来んでゴメンな」と、即答する、・・・・私、実言うとこの言葉で号泣し相ーなのを、ぐっーーーーーと堪えた、周りにも人が居たし、母が来れんのなんかそんなモン分かり切ってるし、・・でも、母も自分が、行けない事、自分の現状をちゃんと分かってんじゃん、「行ってやりたいが・・」を数度くりかえし言う、・・こんなのわざわざ教えて心配させるだけだったんじゃあ~とも考えたが、しっかり息子の現状も告げるべきと判断し、話した、・・ウチら、親子の会話はキチンと成立してんじゃん、真面な会話なのが嬉しかった・・そして切なかった、・・・会話の中で母が、「いつかは帰れたらイイーがな~とか思うけどな・・・」と言った、今の母の要介護度が改善してく様には思えず、そんな願いはたぶん、叶わないモノだと思う・・でも、母もやっぱりそんな事を思ってんだ、・・・・当たり前だよな、・・また母が可哀想に成る、・・・が、施設以外での生活は無い、・・・それが母の老後の姿なのだ・・・・・。



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せせらぎ