せせらぎ めも

3月生まれなので、春が大好き、 O型なので、大雑把 イラストと、音楽が好き、詩とかも書いたりしてます・・・

2014年11月


白い紙の上


真っ白い紙の上
Blueのペンで 冷たい空気のメロディー綴ってみた
髪とマフラーを揺らして通り抜けて行く
冷たくなりかけた心を
コーヒーでなんとか暖めようとしている


真っ白い紙の上
Greenのペンで 春を待ち続ける自分を描いてみた
裸樹の枝先に押し込めた輝きと憧れ
落ち込み沈んだ瞳を
川明り浮かべて漂わそうとしている


真っ白い紙の上
Rose Murderのペンで 空に浮かんだ雲を紅く染めてみた
頬を撫でる風知らない内に包み込んで行く
じれったく進む時計を
ただじっと見つめ続けている


話そうとしてる間に忘れた言葉
話したいのに消えてしまった言葉
何時か誰かに聞いてもらいたい


あの場所に置き去りにしてる
あの頃と変わらない風景に
あの日のままのあの人の涙


真っ白い紙の上
Ink切れのペンで 誰にも見せられない自分を
             誰にも見せられない言葉を
            誰にも気付かれないように
          そっと 記してみた


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(小牧市、文芸・芸術祭応募 入選作品)
注)一部修正、有り


せせらぎ

あっ!!!「ルパン三世!!!」っと見つけた時、興奮したけど、詳しい人なら、一発だね、
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宮崎アニメ第一発目「ルパン三世~カリオストロの城~」で冒頭より滑走するマシン、「フィアット500」だと勘違いした私、喜んで撮影後、帰宅して調べてて、違ってた事に気付きガッカリ⇘⇘⇘
素人がよくやらかすMissingですが、この車は、「スバル360」でした、国産も国産・・・
ちなみに、ルパンの方は

実、言うと私の人生で最高に好きな映画、No1は、この「カリオストロの城」です、そのせいで、このマシンに相当な入れ込みがあって(の、割に間違ってるけど)大好きな車種です。
ま、しかし、レトロでカワイイ車ですね「スバル360」それと、まだ走行可能なのが驚きです、確か、私よりも年上だったと思うのだけど、こりゃあ、負けとれん!!などと思いました。









せせらぎ

11月30日、宮様49回目お誕生日、おめでとう御座います。
詳しくは  ⇩  ⇩  ⇩
秋篠宮様は、公表してはいませんが、私と同級生です、只、遅生まれ(3月1日生)の私は、まだイッコ下で来年までおあずけ、
そんな年齢の私が、眞子さま佳子さまを見て、「カワイイ」「めっちゃ美人じゃん!!!」と、はしゃいでるのも、如何なモノかと、思う今日この頃です。

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せせらぎ



空色の心


そらのいろは なにいろ
そらのいろは あなたの こころと おなじいろ


あなたのこころは なにいろ


ひがくれて よるになれば そらは まっくろ
こころも ねむってる


くらやみにうかぶ ほしたちは
ねむってるあいだに こころ とおりすぎる ゆめ


こころは ねむってる いきていくための きゅうそくのため


そらのいろは いま なにいろ
そらのいろは いまの こころとおなじ


そらをみあげて こころを たしかめよう
くらいあまぐもに おおわれても
よるになれば そらは まっくろ


あすのあさ ことばにできないくらい とうめいで
うつくしい いろになるから


ただ しんじよう・・・
あわてることは ないんだよ


そらのいろは こころとおなじいろ
とうめいで うつくしいいろ


かなしみも せつなさも 
すべて  すいこんでく

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よっぽど好きなのね、って、つっ込まれてしまいそ、
そう、何べんもコレ、載せてて。
只、この詩の原本は、実はすべてカタカナで綴りました、
こちらへ転送する際、平仮名へ替えたんだけど、どっちが正解なのか、ずっーーーと迷ってます


せせらぎ


貴方に贈る15の言葉
「あべま?」って、初めて聴いた時、思った、声が幼過ぎねーか、
でも、この歌唱力は、間違いナク彼女にチガいありません。

この歌詞、とっても純粋で、このフレーズを綴れる「時」って限定されてしまう気がします、いくらフィクション気取って、成り切っても、ちょっとチガく成っちゃうですよ、だから貴重だなって思うんです。
自分が、もう無くしてしまったモノを思い出させてくれるステキなあべま曲ではないかな。そう思います。

せせらぎ

1988年11月、制作です


随想


水槽にインクを 一滴ずつ 落として行くように
時間が 夕暮れを染めて行く


水面を風が 撫でるように
心に そっと 触れてみた

沢山の詩を 綴り乍ら
やっと 今の この詩に辿り着いた

考え事をしていて
ふっと それを止めた時
すでに 次の事を考え始める

母になる 友がいて
父になる 友がいて
みんなが それぞれ 次の扉を 開いて行く

静かな夜も
雨降る朝も
すべてを 詩っていたい

歩いているから
歩き続けていたいから

哀しくても
終わりを知らされても


それでも 笑える
その為に


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成人式を過ぎてほんの少したった頃、記した詞、
20代の頃の事、最近、中々思い出せなく成って居る、何も覚えて無い訳では無いけど、よく言われる様に、象徴的なイメージの強かった場面場面だけ。
こ言う風に、詞にして残して置くのって、やっぱイイなって、思います。

せせらぎ

きのうの、YouTubeでのスピッツの「夜を駆ける」を見て、釣られる様に、セレクトしました。終日の雨の所為で、ウォーキングにも行けなかったってのも有って、・・・の割には、結構、夜中まで掛けて、
こんな風な、曲並びにしてみました、スピッツの熱烈な愛好家さんなどの意見などお聞きしたいトコですが、どうっスかね?
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楓  /   スピッツ

スピッツのセレクトはもう、何回になるのか覚えてない位なんだけど、これまですべて、アタマに、「スターゲイザー」「春の歌」で始まる形にして来た、いかにも始まる感を増す曲調が、私の中では「鉄板」もしくは「天丼」に思えるからだ、それを今回、「楓」にしたのは、中々敢えてのミスマッチ感があってイイんじゃないかと、思ったりする。 2曲目に今回セレクト作りのキッカケと成った「夜を駆ける」が入る予定だったのが、これも不思議に、3曲目へとズレ込んで
しまった。                         
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取り敢えず暫定的にこの流れで、ウォークマンへコピーしてみて、
聴き乍ら、バランスを吟味してみます            

せせらぎ                                                                                 










夜を駆ける  /   スピッツ
夜歩きしてる毎日なので、合ってるかな・・・って、駆けちゃいないんで、ソコはダーメ~。正宗くん、最近作ってなかったなァ~と、思い出したりしてます。スピッツと言えば、ミスチルと悉く宿敵(ライバル)視された時期が有りました。
ミスチルファンはスピッツなど聴かない。スピッツファンも同じくミスチルを敵害し臨戦態勢みたいな・・・
ところが、私は元々熱心なミスチル信者と言う部分に欠けてる、結果、スピッツのアルバムを中古屋で買い漁って却ってミスチルよりも枚数を上まってしまった。
で、どっちを選ぶんだ、とセっ突かれると、結局、ミスチルへと傾いて行く腰の脆さを露呈しています。
スピッツとミスチルとの共通点、草野マサムネ、櫻井和寿の両者が楽曲のほぼ全て近くを一人て作詞・曲を担当して居る事は、既に周知の事実なのだが、仕上がりは必ず「BAND」と言う形に拘りが有る。作って歌ってしまえば、どうしたって視感的に「個」が目立つ、しかも二人共ボーカルだ、それを両バンド共とにかく「BAND」色・職・触(しょく)を強く推して来る感がしてならない、
打ち込み式音楽全盛なこの時代に、希少ではないかと、考えてしまうのである。


せせらぎ

信じるところへ
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神を信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな鐘の音が響いていますか

友を信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どの季節が訪れていますか

母を信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな花が揺れてますか

何も信じられない人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな夕陽が心掻き乱していますか

時計をじっと見つめて
一日の流れに煽られて

ちいさな幸せに押し潰されて
自分の本当の思いを
誰にも伝えられずに

夢を信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな歌が流れていますか

あしたを信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな足音が重なり合ってますか

誰も信じられない人へ
あなたが見つめてきた人達の
倖を祈っていられるような
そんな自分を取り戻して
唯、ひたすらに
唯、じっと

待ち人を窓の外に探すように
暗闇の中を手探りするように
黄色の葉っぱに埋もれるように
一人ベンチに置き去りされたように
メロディーに合わせて目を閉じるように
心の中にもう何も入れられないように
意識すら薄らぐくらい
何がなんだかわからないくらいの
鐘の音も
季節も
花も
夕陽も
歌も
足音も
瞳に映す事が難しくて

愛を信じる人へ
あなたの見つめる街に 今、
どんな輝きが照り返してますか

どんな時の流れが
包み込んでいますか

負けないで
決して負けないで
絶対負けないで

高校ン時に殴り書きした、歌詞用のフレーズです、
ちょっと引っ張り出してみました。
せせらぎ

人伝えに人伝えの話題を、
以前にも大大推しした私の大好きなコミックで、麦ちゃんのヰタ・セクスアリス」の中からの引用をさせて頂きます。
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コミック1巻、第4話 「さらば童貞」の最後の方で出て来ます。

壇一雄の「小説太宰治」
風呂屋の番台に少女が座って居る、そこへ一人の少年がやって来る、その少年は、包茎だった・・・確かに他の大人達に比べて、それは違う形状をして居た。
少女は包茎を、男の純潔だと信じた、そして次の日も、次の日も・・・少年は来た。少年の包茎を見る度、少女は思う、「ああーあの人はきょうもキレイな体で居てくれた」・・・

ブログとかで、軽度のHネタを語る事は有ったかも知れませんが、
苦手です、本来の自分が下品過ぎるから、それを見透かされたく無いって言うホンネです。
壇一雄先生の高尚なY談は、どうでしたか? 現在の私が知らぬ間に忘れてしまった純粋な気持ちを呼び覚まされる気がします。


せせらぎ

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( ,,`・ω・´)ンンン?