せせらぎ めも

3月生まれなので、春が大好き、 O型なので、大雑把 イラストと、音楽が好き、詩とかも書いたりしてます・・・

2014年06月

イメージ 1
2/16 と、わざわざ入れて必死に撮った
そんな一枚です、
パッと見、何の画像なのかって
よく見てやっと気付いて貰えるであろう
脳梗塞で緊急搬送され
そのまま入院となりその4日後の
せせらぎくん本人です
冷静なのかそうでナイのか
ココロ其の物が両極端で
やや情緒不安定な時期だった様な・・・
たった4ケ月前の出来事なのに
思い出し難くなってんのが不思議
もう二度と返りたくない
ココロもカラダも最悪な頃でした
実際に自分の身に振り掛からなければ
判らないコトばかり
こんなにもツライって成ってから思い知らされた
そして
ホントの苦しさは当の本人にしか
判らないってコトです、
自分の度量がモロにソレに影響するし
どんだけの絶望感に陥っているか
特に傍に居る人達に伝わってないトコ
自分でしたいのに出来ない多くのコト
今まで当たり前に動かして来たカラダが
一切、言う事を利かない
自分が歩けなくなるコトを
想像出来ますか?
今回、
せっかく経験出来たコト少し
記してみようと思います。



せせらぎ

イメージ 1


今回の私の入院目的は
つまりリハビリ
理学療法(PT) 移動・歩行能力
作業療法(OT) 日常生活動作
言語聴覚(ST) 言語・摂食・嚥下障害
それぞれ担当医がついて一日各3~4回の
治療・訓練がなされた訳です

日によっては担当の先生がお休みと言う場合も
当然あるのだけど
臨時に空いている他の先生が着いてくれる
偶然なのか必然的なのか
どの先生も女性で且つ年齢的に
丁度、自分の娘と言える方ばかりで
実際に自分にそんくらいの子供でも
居てくれれば
また考え方も変わってくるのかも知れんけど
これこの通り恥ずかし乍ら独り者
だからそりゃあイケナイ想いも
生じるコトは止められない止まらな~~い
でも、私は敢えてそうならない様
ココロのブレーキレバーを
強く強く踏み込んだままにしてました
そりゃあソウだよね
「あんた一体何しにソコに居ンの?」
っちゅーー事ですもの
それでも「不覚」にも
一目惚れしてしまった先生が居て
訓練中も彼女ばかりを
絶えず目で追ってしまったりしてて

とか言っても・・・・
所詮叶わぬ夢・・・
その先生を描いてみました



せせらぎ

きょうは6月11日 
脳梗塞で倒れ入院したのが2月12日
3・4・5・・・と明日で丸っと4ケ月経つ事に
なります、タイトルにも記したけど
6/9の午後、何とか退院出来ました
待ちに待ったソレには違いナイのだけど
当日、何か淋しくて
つまり、その「入院生活」に馴れてしまって
病院に居る事が、通常化してしまってて
ソノ「守られ」た環境にドップリ浸かリ乍ら
至れり尽くせり過ごして来た訳です
体調や血圧・体温と、毎日検診してもらって
2日に1回(月・水・金)お風呂も入れてもらい
私の場合は、もうほぼ全て
自分で洗髪・洗体しなきゃイケなくなってたけど
それでも監視してもらい乍ら、
お湯も湯船に用意してもらって
退院ってのが夢のまた夢の様で
ひょっとしたらもう帰れなくなってしまうかも・・・
何てそんな事すら考えてしまってたのだから
今、こうして自宅に居る事も信じられないです
だけど、同時に、
きょうも、一人部屋の片付けしながら
何とも言えない寂しさを感じてる自分に気付く

ソウなんだ
病院に居た時、こんな風に
一人っきりで一日中過ごしたコトが無かった
倒れる前の私は、
「一人」がぜんぜん苦に成らなく
寧ろ単独を好む筈の私なのに、
入院から解放され
またひとり者へと戻って
解き放たれた自由感に大いに喜んでて
イイ筈の私が、
今、とても「寂しい」を感じてしまってます、

イメージ 1
毎日トイレの回数を看護師から質問されるから
こうやってチェックを入れるのが
癖となってたのが今でも
トイレに行く度カウントしようと思わず
してしまう、
そして、「あっ退院したんだよ、ソ言えば」と、
独り言の繰り返しです、

やっぱ、4ケ月は、長かったです。



せせらぎ

今回の入院はこれまでの人生の中で
最も長い時間を要する病院生活となった
改めて振り返ってみると
2月12日から今日6月3日
大よそ4ケ月
病院でのソレが身についてしまって
コチラがメインの様に錯覚をしてしまう程です、
この体験で感じてる事、
病人として入院している患者と言う者は
過保護な迄に守られ管理されている
「大事に大事に」って感じで
勿論24時間至れり尽くせりで
冷暖房使い捲くりの
身の回りに於いての全ては
「殿様」の如くサポートが入り
働かなくてもイイし
メシも用意して貰え、ハタマタ甘えりゃ
食べさせてだってくれる
今までの自分の生活との
あまりのギャップに本当に面食らう

しかし当然、コレは有料で
非常に高額を要するワ
その間の収入もナイし
そのくせその間の税金も
自宅の家賃も高熱・通信等の
基本料金の支払いも有る訳で
のんびりソレにシタッテル訳にも
行かないし、実のコトそのコトへの
恐怖心でいっぱいの私です

退院を来週のどの日にするか
主治医から自分で決定する様
指示されました
ってトコまで今、ようやく辿り着きました

イメージ 1



せせせらぎ


5月26日
病院に居ると、ソコに居る者同士で
無意識に・・・いや、意識的なのかも知れないけど
それぞれ「団栗(ドングリ)の背比べ」を
始めてしまうモノで、つまり他の患者と自分との
病状・ケガの具合などの比較だ、
答えも二通り有って、「あの人はドンドン良くなるのに
自分はちっとも」的な僻み・否定、所謂ネガティブ思考な人や
その逆のポジィティブな人、
しかし、面白いモノで自分と全く同じ時期・病状・年齢
など、重なってるケースは稀で、よく判らないけど病院側は
敢えて振り分けしたのではナイかしらって程、バラバラな
患者集団に纏め上げられてるから不思議なモノである
私はほとんど自分以外の人との比較の為の情報収集に
興味を示してナイ為、ココに2ケ月も居るというのに、
同部屋の他の3人さんへの日常生活での挨拶と軽い
世間話程度を交わす程度で、他の病棟の事とか
取り分け皆無に近く、知らない間にその面々が入れ替わってる
コトを随分後に成って気付いたりしている、
私の居るこのリハビリ病棟では朝昼晩の食事を
各自の部屋で摂るのではナク食堂が設けられていて
そこで皆が足を運ばせて食べるシステムで
食事自体も一つのリハビリとして捉えているのだそうだ
だから食堂内でも、また行き帰りの道中などで
他の入院患者さん達と顔を会わせる機会が出来る訳で
その移り変わりに気付かされるのだ
すれ違う回数が増え何となく顔見知りになる
この人見知りの塊の様な私でさえ、
それが、ある日ふと見なくなった人に気付く
病院で見なくなるってコトは、退院か
不謹慎では有るがお迎えが来てしまうと言う
事態の二つだ、ココはリハビリ専門の病棟なので
発病、又は状態の急変に関して治療が必要な場合
その空き状態によるものの一般病棟へ
戻らなくてはならなくなる例がナイ訳ではないが
そう言うダーティーな話は、愛想のワル私では
中々知り得ない情報となっている、
だからおおよそ退院して居なくなってるンでは
ナイかしらと、思ってる、
今現在の私の外見は、
車椅子も歩行器もついには杖すら持たず
廊下を闊歩している、
一日のリハビリ時間3~4回が終了後、
自主トレで1時間歩く様にしている、
たまに呼び止められると、必ず
「何処がワルいのかワカンナイ位ですね」と、
そして「もう退院は決まってるんですか?」って
そんな話題を病院側からまったく聞かされぬまま
3月20日から今日5月26日に至ってしまった
病気が病気なのでショウガナイのだけど
経済的にも、ソロソロ最終判断を成さなければ
イケナイ所が近付いてて、ムツカシイものである
だけど、
私の最終目的ってのは、退院其のモノではなくて
「社会復帰」に他ない
早く仕事に戻って前の様に働けないと
次の岐路をも考慮しなければならなくなる
イヤイヤ~
コワイからあんましィ~ソコまでのImaginationは
浮かばせぬ様にして置こう。
イメージ 1




5月26日



せせらぎ

↑このページのトップヘ

( ,,`・ω・´)ンンン?