3月13日
入院1ヶ月を超えた、
窓の外は終日激しい雨が降り続いてる
天候がどれ程荒れて様が病に伏してる今の自分にとって
それ程大差ナイ
病室すら出る事が出来てナイ自分にとって
この守られ捲ってる現状に情けナイが卑屈になってしまう
卑屈?・・・ソレとも子供の様に「スネ」てると云うべきだろうか
「元に戻れるのか」と言う今最大の恐怖心
「戻れない」では済まされない自分の現年齢
今、コレが私の素直な思いだ。

3月25日
20日に転院、岩倉病院へ
弟曰く、「ホテルの様な病院」
所変われば、と言ったところだろうか、まったくチガってしまった感じ、
入院自体、こんな長期に渡った経験が無かった事もあるが、
それよりも何よりも、自宅をこんなにも空けなければ成らなくなるなんて、
想像だにしてなかった、
この病院への転院の最大理由はリハビリである、
最初に運ばれそのまま入院した市民病院でもリハビリ施設・環境が
ナイ訳ではない、治療に準じ乍らリハビリも開始していた
只、一日に一回、約20~30分行われるだけだった、これは主治医の先生に
最初に説明があった、それ故に、リハビリ専門の院への転院を勧められていた
訳である、
20日の昼近く病室を後にする、
部屋を出ると言う只そんだけのコトを、2月の12日からその3月20日迄の間に
MRIなどの検査と、リハビリと入浴や洗髪と弟への緊急の連絡をする為の
電話BOXに出向く以外に出来なかった日々を回想するに、
なぁ~~とも不思議な感じがした、
自分が外へ行こうとしている、そんだけのコトすら、禁じられていた訳だ、
いや、その時点で私の現状が完全なる快気を果たしている訳ではない
ソレに達するが為の転院なのだから、
退院であって完治でナイ状況に変わりはない、・・・でも、
ほんの少しだけどこの進展に感激していた、
只、立つだけすら出来なかった頃、
只、歩くコトすら出来なかった時間を経て、ソコへ辿り着いたんだ、
部屋を出て廊下を進む最中、私は敢えて振り返るコトをしなかった
季節がらそれは卒業生のに戻った様に、
相変わらず、「変化」を嫌う性格がその背景への「寂しさ」に
押し潰されそうになり、走馬灯の様に流れる今日までの場面が
音亡き音となって繰り返すのである、
出来れば・・・この儘で居たい・・・ソウ思わないでもない、
漸く「馴れ」を迎えてしまったからなんだろう、
でも、
勿論そんな「呑気」が許されるべき筈がナイし、
「じゃあ~『金』はドウすんの?」
そう、私はまだまだ崖っぷちへ追い込まれている立場に
何の変化もない、一日でも早く社会復帰せねば、
私に「明日」は無い、
其の日の其の為の第一段階に漸く辿り着いた、
一抹の「寂しさ」を抱え乍ら、救急車で運ばれたこの病院を、
弟の車の助手席に座って後にした。


車椅子について
車椅子を自分が使ってる姿を
通常の生活を送れている段階で想像出来やしないモノだろう
車椅子≒絶望的、その数式は大袈裟ではない
元気・健康な頃、もし車椅子生活に自分が陥るならば、
いっそ簡単にコロっと殺してくれて結構だ位に
考えてしまうモノだろう、
なのに今、私は車椅子で病院内を許す限り徘徊曲がりに
ウロウロしている、
前の市民病院ではコレですらまだ認められぬままだったから
部屋内の歩行訓練ばかりしていて
余計に気分がメゲて仕方無いモンだった
現段階に於いてはほんの少しの進歩と言える、
つまり、この車椅子生活ですら、
今は真っ暗なトンネル内で見つけた一筋の晄なのだ
只、
当たり前の事だが、ココが私の最終目的地点ではない、


前の病院からコチラに移る間に
入院時に足りてなかったアイテムを補修する目的で
自宅に立ち寄る事にした、
弟が居るとは言うものの、やはりその場に行かないと
事細かい部分の支持は難しいモノで・・・それと
やはりあの日、2月12日・・・人生最悪の倒れた日から
どうなってンだろう?私の部屋は・・・と言う思いがあった
昼食も食べなくてはならなかったし
自宅へ着く寸前にその近所のコンビニに立ち寄る
「食べたいモノ」はキリがナイくらいあった
選び出すコトは困難極まりなかった
「次」はまた何時になるか判り得ない
いや・・・ナイかも知れない・・・
何か、所謂人生最期の食事を選択しているかの様な
私が食べたかった最期になるかも知れない食事の
メニューは、握り寿司だった、もしくはサンドイッチ
前の病院にて絶えずその2つを熱望してた
しかし、握りは置いてナイ、稲荷と太巻きのセットなら
有る、それでもイイから食べたかったし第二候補の
サンドイッチもあったものの、何故かそれらを選ばず
焼きそばと赤飯のおにぎり一つにした
何故?焼きそばを、
倒れる前、1週間分の買い出しに行く度、
その日一食のみは、ほんの僅かな贅沢に
出来合いのモノを買う事にしていた
それは弁当でもイイしパンでも何でもヨカったンだが
選びあぐねた結果、結局何時も198円の焼きそばを
買ってしまってた、スーパーだから当然焼きそばの
具材から買って帰って作ればもっと抑えられる、
それでもあく迄、それは僅かな「贅沢」として
自分へのご褒美としていた訳である
その光景を、ふと・・・思い出したのである、
コンビニにあるソレとでは勿論値段にチガいは
有ったのだけれど何気にこんな選択をしている
まぁー度量の小さ差はこう言うトコに出てしまうものである。

部屋には新しい冷蔵庫が入っていた
倒れる2週程前に以前から親交のある電器屋さんから
特売価格のソレを勧められていた経緯あって
既に約20年近く使ってるし
4月の税率UPもそうだし
何より経済的にほんの僅かではあるがゆとりが出来たコト
勧められてた条件も廃棄費用も込みでその売出特価のみで
イイと言うウレシイ&オイシイサービス付きだったので
コレに乗らない手はナイな、と思ったのである
その後、こんな事態を予想だにもせず
私自身は病院に居る中、弟にこの受け取り支払をやってもらい
無事、新旧の入れ替え作業は完了した訳だった
今後の治療費等のコトを考えると
少々不安も残るが、敢えてコレも攻撃的に
「何が何でも復帰するんだ」と言う意思表示の現れとして
また、電気代も3分の1まで落ちるらしいし
2014/03/26 9:56


瀬羅せせらぎ