せせらぎ めも

3月生まれなので、春が大好き、 O型なので、大雑把 イラストと、音楽が好き、詩とかも書いたりしてます・・・

2011年11月

 
フクロウはカぁーーイイ
欲しいィーーーーー
 
。。。。。。。。。
 
でもね、
 
エサの冷凍ネズミ見たら
せせらぎクンには、ムリっス
 
君等は、
一応、猛禽類だったんネ
見た目の愛らしさに似合わず。。。。。。
 
ちなみに
せせらぎクンは、
ベジタリアンの雑食主義な肉食類デス
理屈に合っとらんダロ〰〰〰
 
 
せせらぎ

クソぉ~~
マタ、寝入ってしまってこんな時間に起きちまったい
寝入るならそのまんま朝まで行けヤぁーー(怒
 
そんな訳で
書いてます
 
世間では勤労感謝の日ってコトで
祝してお休みだったでしょうが
ウチんトコの仕事場は、
旗日関係ナシなので
その様に、関係ナシで仕事して来ました
残業までツイデにね。。。。orz
 
コイで
イチンチ分Plus残業分、Getだぜィ
などと
シャクレてますが
やっぱ
休みは、ウラマヤシイ
休みの人の方が給料、なんだろナぁ~~
そう思うと、
半ヤケクソな感じ!!!
 
ハイハ~~イ
明日から同様平日同観同見で行こう、
 
 
久々の更新ながらも
結局、グチに終わったのサ
 
イメージ 1
 
せせらぎ

日本一
ホークスが獲った様ね、
中日ファンは、サゾや残念でしょーーっ!!!
って
中日って言ゃあ〰〰名古屋
せせらぎクンも残念・無念。。。。などと
思ってるように取られ相ですが、
チッチッ
私は、巨人ファンなので悪しからず。
どっちが勝とうが
知ったこっちゅナイ傍観者です、
まぁー
出来れば、地元名古屋の
各々お店にて、優勝セールなるモノを期待して
ドラゴンズが勝てば、多少なりとも恩恵に与る事も有り得たのだけど、
それもナシ。
そして野球もオフシーズンへと入ってしまいます
「ハァーもうそんな時期かァー」と、
時の流れの早さに
マジ、ビビリぃ〰〰〰のです。
 
そんな中、今頃ですが
「そう言えば、今年お雑煮食ってないな」
などと、
不意に思い出した
もう終わっちまうこんな時期だっちゅーーのに、
時間は、私だけ緩やかに流れてるかの様ですね、
 
まぁーイイさ、
と、
ふっと記してみますターーー
 
 
 
せせらぎ

今日も朝⒈
Yahooトップページ >>ニュース欄、見ィーーの
続いて>>お天気チェック!!!
気温は???
ヌッヌッヌッヌ☆☆☆
何と!!!
最高 15℃
最低 8℃
だってぇーーー
ついに
10℃切ってるじゃん
アツ差のお話してるばっかだった今日この頃
その変貌ぶりに
ビックラこいてしまいます、
私の住む愛知県小牧市は、
気温こそ、東北・北海道には及びませんが
「風の町」なので
体感気温は、なかなか競える程です、
勝りたいとも思えんけど。。。。
四季がある方が
その「うつろい」を感じられて
その季節・季節の風景を堪能出来る。。。。
などと、申しますが、
毎度X2、言う様に、せせらぎクンは、「変化」がキライ。
寒いのもキライ。
例えて言うならば
ムリヤリ、バスに乗せられてる感じ。。。。。
その行き先も告げられず。。。。。
まぁーーしゃーーナイので、
アツければ服を脱いで
寒ければ羽織りながら、
やり過ごすっかナイですね
そうして、「巡礼」は続くよ何処までも。。。。
ってか
 
 
 
せせらぎ

 
       /  チャット・モンチー

前略 おふくろ様
 
 
ふと、
かーちゃんに便りを出したくなる今日この頃、
この クソ忙しさにカマ掛けて
電話の一つもしていない
便りがナイのが、
元気な「標し」
ソウかも知れんが
ご無沙汰は、親孝行とは言えない、
 
『前略おふくろ様』
1975年から1977年まで日本テレビ系列で放送されたドラマである。
当時、「若者達のカリスマ」として、
絶大な人気を得ていた
「ショーケン」事、萩原健一さんの、
その魅力を理解するには
私はまだ幼な過ぎて、
それでも、
この「前略おふくろ様」のフレーズが、
母親からムリヤリ引き離された
その時分の境遇と重なって、
意味も解らず、このドラマを見ていました、
私はその頃、いくつ位だったのだろう??
軽い引き算してみると、
小学校の低学年頃かな??
 
長男坊の私。
そう言えば、先だって
職場の先輩からこんな質問を受けた、
 
「数字の何が好き??」
 
私は「3」と答えました
産まれ月でもあるせいでしょうか
あとは、初めて憧れた野球選手「長嶋茂雄」
彼の影響もあるかな?
ご存知通りミスタージャイアンツ
彼の現役時代の背番号です、
 
すると先輩は
「あなたは、甘ったれなのかなぁ~~」と、
人間心理学的に、
「3」を選ぶ人間は、ソウらしいです、
それは、言えてる、
当たってると、自分でも感じる、
そんな「甘ったれ」な私が
まだ10代に達してないその頃に
母親から引き離されて過ごしていた事は、
私の人間形成に、少なからず
影響を及ぼしているモノと、思われ、
時に、常人とのズレを自身に感じ得ずにはいられない
そんな時があります、
 
とは言え、
私なんぞより、
もっともっと不幸な人は五万と居る、
そんなモンを理由に、
ヒネクレていては、
世間様に顔向け出来メぇ~~
 
ただ、
ソノ頃は、
現在のように両親が離婚してるお家は、
ほとんどなく、
片親だったのは、私と、もう一人居るくらいでした、
しかも、もう一人のそいつの場合は、
お母さんが、病気で亡くなられて、死別でした、
学校から特別許可を得て、
朝夕、自転車の後ろに
幼稚園児の弟を乗せて、送り迎えしてました、
通学時にその姿を目にする度、
誰もが同情し、声援を投げ掛けてたのだけど、
私には、彼が羨ましく映ってました、
何で?かって、
私にもあいつにも、母親は、居ないのだけど、
家族ってモンが、彼をガッチリ守ってる感じがして、
私にだって、父親は居るだろう
そう仰られそうですが、
まぁーーその辺は過去の記事を参照下さい、・・・・・
 
何と言われようと
ソノ頃の自分の幼さは
それらを飲み込める程、
歳を重ねてなかったってこってす。
 
 
 
10月30日に
親子3人で、飯食いにいって来た
お盆以来です。
 
 
 
せせらぎ
 

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( ,,`・ω・´)ンンン?