せせらぎ めも

3月生まれなので、春が大好き、 O型なので、大雑把 イラストと、音楽が好き、詩とかも書いたりしてます・・・

2011年02月

2月がぁ~~終わっちまう
いよいよぉ~
明日は昔の昔の彼女の誕生日です、
プロフィーにて公開してますように
明後日が私の誕生日
つまり隣り合わせの誕生日の人と
以前にお付き合いしていました
別れた嫁以外で
バレンタインにチョコ(本命)をくれたのも、
彼女だけ、
とは言え
運命には、逆らえません、
今は何処のおばさんになってるのやら・・・・
 
月日は、流れますね
ボォ~~~っとしてても勝手に、
ボォ~~~っとしてるつもりはないけど
 
みなさんもお気を付け遊ばせ、
 
 
 
 
せせらぎ

贈りまセウ・ナウ
 
アハーンアハーン!!!

卒業時期と言う事で
ココ数日は、
ソレ系のお話をよく載せてます
本日も、
ソレに乗っかり
ソレ系 & 思い出話を
 
私の高校時代の3学年の後期
生徒会役員の中の
文化委員長をやらされて居りました
このポジションは、
前期には、何一つやる仕事も無く
名ばかりの委員長なのですが
後期は、チガくて
卒業文集の編集・製作作業がありまして
担当する人間次第では
ソノ文集自体の存続にも関わって来ます
事実、3年程、
発行されずに居た経歴が御座います
 
昼間、仕事して
夜、授業、受けて
終了後の僅かな時間に
何が出来るもんか
と言うのが、
発行断念の大きな理由に他ならない、
生徒側が、やる気のナイもんを、
教員側が、敢えて後押ししてくれる訳もなく
この文集は絶滅危惧種に指定を受ける程でした
 
だから
よりによって
無理矢理に
半ば強制的に
何と言おうと
私に、この役目を押し付けた人間が居ます
誰かと言う点につきましては
伏せて置きますが
つまり、ソウ言う事なのだ、
 
このプロジェクトは、
最上級生は、参加しません
なので、3年(全学年は4年制)が、
自然に編集長へと、着く結果になります
 
この年度の文集は、
表紙から、私の描いた風景画に始まり
編集後記に至るまで、
結局、私の文集の様なモンになってしまいました
挿絵、詩、などなど・・・・・
当然、仕事、サボってやらなきゃ
間に合う筈もなく
また、それを口実に・・・・
私はこの性格上、
エライ様役が苦手で、
後輩等を、アゴでこき使うような事が出来ず
結局、私一人と、
私にこの役を押し付けた張本人との二人で、
すべてを決定・行動し、仕上げました、
ンで、せせらぎ カラーのものになってしまった訳です、
 
今の様に
PCでもありゃ~~
チョチョイのチョイなのでしょうが
全て、手作業でね
取り分け、卒業生の先輩方への
感謝を込めて、頑張りました、
みなさん、せせらぎ くんを、随分可愛がって頂いてたから、
各方々一人一人宛てに、先生等全員から、
メッセージを書いて貰って、
先輩の文章の後に、付属しました、
 
先輩達の文章を見ながら
自分等の来年を想像したり
そのタイムリーな、高校生活を
その時点での自分に重ねながら
 
4年間ってのは、
ホント、簡単では、無いですよ、
大袈裟かも知れませんが
奇跡に近いとすら感じます
辞めたきゃ
辞められるんです、
実際に多くの仲間が、
途中下車して行きました
 
何が悲しくて
こんな困難を背負い込む必要があるのか
「若い内の苦労はした方がいい」なんてのは、
年取った、ジジィーにしか、出て来ないセリフです、
 
まぁーとにかく
私も、卒業したんダイ!!!
それだけは、誇りに思いたい、
やったやつにしか、
この大変差は、理解不能
 
 
 
岐阜県立郡上高等学校 普通科 定時制課程 卒業
それが、私の最終学歴です、
大学、行ってなくとも
胸、張りたい
そんな肩書きです、
張り過ぎて
踏ん反り返り
ぶっ倒れんよう、注意しながら・・・・・
 
 
 
せせらぎ
 

さてぇ~~
そろそろ、
卒業シーズン到来です、
年度末、
 
私の高校最終学年の時の、
この頃、まだ
学年で一人、追試を受けてる最中だった、
昨日までの記事に載せました
人前に曝した、お初作品を書き終え提出後
更なる「生みの苦しみ」真っ只中だった訳です
 
もう、卒業せんでもエエ~~から
勘弁してくれ~~って感じでした
 
只、
これが終わると
本当に、卒業なんだなぁ~
そう思うと
淋しい様な・・・・・などと言う言葉を連想されそうですが
とんでもドッコイ!!
「セイセイ~~すらぁ~~」って感じ
 
早いもので、
今、自分が、普通に家庭を持ち
子供を設けていたなら
その子が、そんな時期に居る事でしょう、
幸いなのか不幸にもなのか
そんなモンは、居ませんので
ひたすら、他人事で、くっちゃべってますが、
 
 
 
 
春の雨は暖かい
色無き色の そのつぶに
反射する風景
 
何故か
特別に 想い出までもが
そこに 重なる
 
沢山の人達が
僕にくれたもの
二つしかない両手で 抱えていたけど
ポトポトと 零れ落ちて
 
無くしたその中にも
手放したくなかった ものがある
 
気を付けていたのに
大事にしてたのに
 
ありがとう
 
ありがとう
 
言い尽くせない
感謝の想い、
 
みんなの 御蔭で
まだ
歩いて居られます
 
ありがとう
 
 
 
 
 
 
せせらぎ
 

何故、逃げ出さない。
 
それ程、根性のある人間では無い筈、
2~3日は、興味半分に初めて遣る事を、
ドキドキさせてやって来た
行の辛さを、忘れてしまっている訳ではない
食事にしても、相変わらず肉などはない、
が、
しかし、日に日に自分の身体は、
自然の一部へと、解け込んで行くのが
感じられる、
スレたセリフは、
和尚によって皆
押し潰される、
反論する事よりも、
掛けられるその言葉を、
心に記していきたいと、思う、
和尚は完璧だった、大人だった。
大自然の中を堂々と歩き
堂々とものを喰らい。
無限に幾冊も読み、
すべてに対し正面であり、
田舎者であり、
好色そうな坊主である、
そんな人物と偶然、出くわし
説教を受けて居る、
行に慣れて行く身体と
「空」の世界、
 
「何処か、変わった様に見えませんか和尚様」
 
「そうですな、変わられましたよ」
 
「ハイ、何かすっきりした様に感じるんですよ」
 
 
 
 
「でも、貴方は帰って行かれる・・・・・
そう、元の場所へとですな、
そして又、苦しむ、ここへ来る、
そして、又又・・・・・悪循環ですな」
 
「そうですね」
 
「貴方を固めるものとは、何ですかな」
 
「そ、そうですね」
鸚鵡の様に、同じ言葉を返すだけだった、
 
「風の様に生きれば良いでしょうに」
 
「えっ!」
 
「早、初めから頑なに何かを決め込んで、
自分はこうなんだ、自分はこう生きるのだと、
間違っていた事に気付いても、尚、努力する・・・・・
まぁそれはいい、
努力は、いい、
しかし、目標とする所まで辿り着く事は滅多にない、
従って、何れ疲れてしまう」
 
「そ!そうですね」
 
「漂うがままに生きれば、
己の心を何処へでも旅させる事が出来る、
違いますかな?
例えば貴方はここに来て、
無理にでも何かを掴んで帰ろうとする
云わば石と同じものです、
石は千年、じっと動かなくても、
己に苔を付けようとする、
雨が降ろうが
北風が、吹こうが、
やがて、雪に埋もれようが、
変に意地になって・・・・・・」
和尚様の声は、本堂の中を木霊した、
堂の外では、山からの風音が、
カサカサ、メロディーを奏でてる、
 
一日の行を終え部屋に戻る
和尚様の部屋は今夜もまた、遅く迄
灯りが付いて居た
真似をするつもりではなかったが
蝋燭を一本置き、火を灯す、
部屋の中にはソレしかない、
目は閉ざ去れたまま暗闇の空間が拡がって行く、
「無」の行に入ろうとしたが、
僅かな音が耳へと入って来る
静かな山寺故に大きく響く
想像を始めてしまう
「空」には、なれない
和尚様の部屋の灯りは、消えていた
しかし、まだ眠れはしない、
何の音だ・・・・・・
それが、蝋燭の炎の音と気付くには、
時間が掛かった、
風も無く、炎は真っ直ぐ燃える
そして、僅かに音を発している、
林を歩き、森を分け入った
梢を渡る風はやさしい、
痛む足を引き摺る様にして歩いた
山登りの行、
自然の音が、これ程にやさしいものとは知らなかった、
輝いた日々、
あの頃は、
本気で人を愛し憎んだ、
今日はどうだろう、
生きて行く知恵は、身に付いた
それを得る為に
一心に何かに取り組むと言う事は無くなった、
年を重ねると言う事は、
余分なものを身に着けて行く事かも知れん、
坐り続けた、
水を浴び続けた、
冷水は、身体をはじけ飛んで行く・・・・・
或る日森を歩いていた
切り株に躓いて転倒した、
何気なく上を見上げる、
青い空がある、
樹々の間に真っ青な空が見える
その空を美しいと思った、
涙が出る程、美しいと、思った、
輝く日々の事を思い出した
林も森もすぐそばにあった
そこで俺は毎日
飛び跳ねる様に生きていた
世の中は活力に溢れていた、
土は、土として、
木は、木として、そこにあり
俺も俺としてそこに、生きていた
そうなんだ
あんな風に生きればいいのだ
風の音に耳を澄ませて聞く様に、
自然の気配を感じる様に生きていれば、
 
 
「そうですね」
 
 
和尚様は、初めて出逢った日の様に
優しい笑顔で私に言った
「九州の福岡にある太宰府天満宮へ今度、
御一緒しませんかな、
菅原道真公が、天才が故に
京都からこの地に流されましてな、
その道真公が亡くなられたその日、
一夜にして、京都よりこの地に、
愛していた梅が根付いてしまったと言いましてな、
社殿の前に、今でも息づいている古木があるそうです
五万本の梅の木の中で
最初に開花するのが、
その飛梅だそうです、
でも、貴方、
女の子と行っちゃいけませんよ
中途半端な気持ちの二人が
ここをデートコースに選ぶと
天神様が仲を裂くと言われて居るそうです」
 
「有り難う御座います、是非行きましょう
本当ですよ」
 
山門を出る時の和尚様の笑顔、
とうとう、約束は果たされなかった、
 
空を
自然過ぎる程、自然に雲が、流れて行った。
 
 
 
1985年 3月  発行
「卒業文集 やまなみ 31号 より」
 
せせらぎ

 
 
 
翌日は、朝4時に起きるのだと言い渡された
心が眠らせないようにしたのか、
その夜、目だけは開いたままで閉じようとはしなかった
 
朝4時、読経が始まる
「ハラの底から声を出すのだ」と、和尚は言う
 
「経が読めない」と、答えると
 
「読むのではない、声を合わせて、
わしの後を真似しろ」と、言う
 
一時間の正坐が終われば、本堂のそうじ。
山から清水をバケツに汲んで、
雑巾をキリリと絞る、
広い堂を、たった一枚の雑巾で磨き回る、
寺の本堂が野球場くらいに思えた
その後又、
別の種類の読経をやり終え、
やっと、朝食にありつく、
一汁一葉、
麦が、半分程入っている
朝食が、これ程、美味く喰えたのは、
初めてだった。
そして又、読経、
今度は本格的なものである
板間の上に直接坐る、
じっと瞑想する時もあれば
経を読まされる事もある、
二日目、とうとう喉がつぶれた、
あまりに痛むので唾を吐くと
血が混ざっている、
「つぶれましたな、早いですな」
和尚は、それのみ言う、
足の甲にたこが出来、
尚、座り続けるので、つぶれ始めた
気が遠退く程、痛い
更に三日目の朝、
水行が、始まった、
早春、しかも朝4時、尚且つ山からの清水、
「頭から被ってはいけない、
まず、肩の辺りに桶の水を叩き付けるように
被るのです」
服は着ていない
フンドシだけは絞めている、
下半身の急所が
驚く程、縮みあがった。
 
午後からは山道を歩く
喋ってはいけない
黙って経を唱え乍ら
唯、真っ直ぐに歩けと、教えられた、
 
 
 
 
 
せせらぎ
 

高校までしか
行けなかった
ノ~~~タリンな私の、
高校4年生の
卒業文集に、出した作品を
載せてみます ナウ
 
 
・・・・・
追伸
高校4年生ってのは、
留年したんじゃ、有りまセヌ
定時制課程なので、悪しからず
 
 
 
 
四年 瀬良せせらぎ
 
 
心字池を見つめ乍ら、
映る時の流れを哀しむ度、
古寺の和尚の面影が空一面に拡がる。
春の知らせが届く頃、
一番最初に開花する飛梅を教えてくれたのが
彼だった。
 
 
 
人混みの中、幾対もの瞳に囲まれて
唯一度、立ち止まる事すら許されない
後歩行者等が
俺の背中を押し、足を蹴り
「何故、止まる、邪魔だろ」
そう叫び乍ら皆、同じ方向へと進み行く
その声は、後へ後へと続く、
終いには、
「殺されたいか」 と、ほざく者が居る
最早、
「人」ではない
たかが同じ方向へ、
しかもグルグルと回転し続ける秤の中で
その同じ早さで歳を喰らい
生きている事自体が無駄であり
間違いである事を知り乍らも尚・・・・
 
苦しんだ俺が出した結論は
会社を辞め
仮に演じた自分を捨てる事だった・
帰郷列車の窓に映る我顔の淋しさに目を潤ませて
それをレールの響きが優しく宥めてくれる。
 
看板の文字が、半分は消え去り
読む事、出来ぬ、
そんな古びた駅へと、辿り着く、
瞬時、レールの響きが無くなり
何気なく車外へと、出てしまう、
降り人は、その他、老人一人のみであった。
その柔らかい表情は、俺の方に向いていた、
「若いの、あんまり見ん顔だな、
この土地に知り合いでも居るのかな」
 
「・・・・・・・・」
何故か解らんが、黙りこくってる内、
列車は駅を抜け出る様に走り去り、
老人と俺との二人だけの空間が残されてしまった
 
「こりゃ、じじいがこうしてものを訪ねとるというのに、
何とか答えんか」
老人の瞳が笑っている
「知り合いなんか居ないんです」
 
「やっと答えてくれたな
それでは、何か用事でもあるのかな」
 
「いや、別に」
 
それから暫く黙って俺を見ている
俺は照れくささ故に目のやり場を失い
俯いてしまった。
 
 
「貴方、時間はあるかな」
 
「はっ?」
 
「わしはそこの古寺の坊主をやっとる、
居るのは、わし一人じゃ、
丁度、話し相手に不自由しとる、
どうだな、わしの相手をして貰う訳にはいかんかな、」
 
列車も行ってしまった事だ、
それに付けて昨日までの、
時計をチラチラした生活から今、解放されている
「いいですよ」
一・二度頷いた後
「すまんな」
そして、テクテク老人は歩き出した
その背中を見つめ無心で付いて行く、
改札口を抜けると舗装されてない方の細道へと入って行く
初めて来る所ではあるが、
何故か辺りを見渡す事もせずに背中ばかりを
眺めていた、
「自然とは、良いものですなあ」
突然、彼が喋り出した、
「貴方には今、季節は何時にかんじます」
 
「冬ではないでしょうか」
 
「しかし、早雪もほとんど解けてしまってるでしょ、
それに、年賀状に貴方は書きませんでしたか
『新春』だとか『迎春』などと」
「うーむ・・・・」
 
「何故、冬だと解りましたかな」
 
「何故でしょう、寒いからかなぁー」
 
「成る程」
老人は前を向き
そして歩き乍ら質問を続ける、
 
「貴方の思って来た事が間違っていたなら
今日までの貴方は損をして来た事にになりますなぁ」
「・・・・・・」
「そしたら、貴方は何を恨みます、
親ですかな
友人ですかな
兄姉ですかな・・・・・
それとも、自分でしょうかな」
そう問われた瞬間、
自分が寺の山門の前に居る事に気付いた、
椎の木の上姿が、土塀の向こうに見えた
古びた山門の向こうには、
何とも落ち着いた講堂が見える
左奥へと目を移すと庫裡があり鐘楼の周りを
覆う様に砂利石が敷かれてある、
「世の中です」
「誰か一人を集中して憎しみをぶつけるのは
好きじゃないですから、
恨むのは、世間です、社会です」
 
「貴方は大層な人ですなぁ
それならば、自分以外を皆、
敵に回すおつもりですかな」
 
「・・・・・・・・・」
 
「貴方はそれ程に強いのですかな」
 
早春の優しい光とは裏腹に
厳しい老人の言葉に
次第に俺の口は動かなくなって行く、
これが、もし戦いの場ならば
成す術もなく、
簡単に相手に一本を取られているのだろう。
 
和尚は、今度は優しい瞳をして俺に言う
「どうですか、行に入っては、
自分を、修理してみては」
 
頭の中で考える。
今が夏ならば、寒さも無いだろう
冷たい本堂に座り続ける事は、
俺では出来ない と思った、
 
「今のままでは、自然を素直なままに
見られんでしょう」
和尚が、催眠術をかけて行く様に思えた
 
「辛いでしょう」
 
「ホホッ、かなりにね」
 
「・・・・・・・」
 
「しかし出来ない事ではないでしょうなぁ」
 
「お願いします」
そう、
つい、と言う言葉が、これ程似合う事はないと思い乍ら
OKしてしまった。
 
 
 
 
 
 
続くのさぁーー
さぁーーー
 
 
せせらぎ

予定して居りました
親父の49日法要を、執り行うべく
昨日の夕方、
仕事も、久々、定時に上がり帰宅しました
戻ると、既に、愛すべき弟は、我が家に着いていて
自宅の駐車場にて、停車して、
中で、PS3をペコペコして居りました
御存知通り、私は運転免許も車も御座いません
なので、このように県外での用事にも
人様の手を借りなければいけない
特に、今回の様に、午前中に予定が、入ってるような場合
公共交通機関の使用も
やってやれないコタぁ~御座いませんが
其れはソレ
なかなか、骨が、ポッキンしてしまうもので・・・
弟よぉ~~~感謝!!感激!!ヒデキ感激!!(ワケワカンナイ)
 
そんな訳で
風呂入って(何で?こんな時間に)
モーニングして
法事にGo!!して来ます。
 
行って参ります。
敬礼!!
 
 
 
せせらぎ

さぁーー更新だぁ~~
と、意気込んだと言うのに
出勤時間と、相成りました
 
う~~~ん残念!!!
 
 
行って参りま~~~す
 
 
 
などと
一応、更新しときます
 
 
 
セコい
せせらぎ
 

これは、
或る知人に突然訪れた
不幸とも言える事実談です
 
 
嫁さんの浮気が、発覚し
協議の結果離婚へ、
 
子供が一人居たんですが
相手側が、手放さない為
あちらに、
 
それでも
一度は、愛したシト
気掛かりで、100万と言う額を
渡したそうです
 
これで、
きっちり、ケジメを着けて
新しい人生を歩み出した訳、
 
再婚して、
新たに子供にも恵まれ
経済的にも、まぁまぁー余裕を持てるくらいになった
そんな矢先、
次にまたしても不運が、彼を襲います
会社、倒産・・・・・
どうにか、持ち直しかけた人生に
新たなるピンチの訪れ
しかも
年齢的に再就職が、なかなか困難
私のように、独り者なら、
何とかヤリクリ可能なトコでしょうが
新しい妻子を持っての就職活動は、
やはり、条件面が、オリつかずとなってしまいます
それでも、臨時雇いをしながら
夜の9時、10時まで働き
再就職口を模索して居りました
この不況の中、
その苦労は、私も経験済みで
痛い程、わかりますし
世間でも、よく耳にする事柄となってる昨今です
さりとて、頑張ってみたところで
入って来るお金も
月、15~18万程度にしかならない
もがいて居る最中に
更に不運の知らせが入って来てしまいました
 
既に、
片付いていた筈の元嫁から、
子供の養育費の請求が、
家庭裁判所を通して通達されて来ました
その、呼び出しに出向き
こちら側の現状の説明や
その支払の、能力が、不可能な事を
提議しましたが、
法律上、逃れられない事を告げられたそうです
時間は、既に
10年程、経過して居る
その間に顔を合わせた事も、
一度も無い我が子(一応)
元嫁は、
その後、再婚して、その相手との間にも
更に子供を一人設けていたが、
その相手とも離婚したようです
×2となった訳です、
弁護士を雇い、この協議を
持ち出して来た訳です
弁護士を雇う程の余裕のある相手
給料も、現在、月、25万程の収入が有るそうです
あくまで、想像ですが、
その、離婚した次の夫にも、当然
その間に出来ている子供の
養育費の請求をしている事でしょう、
 
裁判所側からの提示額は、
月払い、約、4~6万が、相場となっているそうです
まだ、示談交渉の地点ですが
ゴネて、裁判と言う形に持って行くと
額が 上積みされる可能性が高いらしい
そんな、脅しとも取れる事も言い渡されたそうです
 
 
この、
離婚と言う、手続き事は、
私自身も
そして、私の両親も、行った事です。
私の親の場合は、
無条件降伏、
つまり、
慰謝料も財産分与も養育費も要らないから
離婚に同意してくれ と、
母側から要求、
親父側が、それに従ったかたちでした
その後のかーちゃんの苦労は、
傍で、私達子供は、見て来ましたから、
よく、理解して居ます
かーちゃんは、「権利」の放棄をしたと言う事です
そして、「義務」に苦しんだ
前記の元嫁は
それを、放棄しなかったって事ですね、
 
このお話は、
まだ、始まったばかりの訴訟問題なので
結果は、出ていません
ただ、
わが身に振り掛かった事ではないので
或る意味、冷静に静観出来るのですが
あまりにも、彼が不憫で、
 
離婚後、
まったく動こうとしなかった私と、
新たなる航海に漕ぎ出しをした彼との
「差」って言うのは
何なんでしょうかね
 
それも運命
そう言って、片付くモンなんスかね、
 
昨日
ネット内にて、
その事を調べ捲ってて
更新し損ねました
とっても、心配しています。
 
 
 
 
 
せせらぎ
     

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( ,,`・ω・´)ンンン?