小学生ん時~・・あーたに小学生ん時、有ったの?・・・・有ったのです、実は・・隠してましたけど~、1年の終わりに母親が家を出た、で、大人の話しケンケンガクガクして、私も母と同行する予定だったらしい~、・・と、ウチ、弟と2人兄弟でね、弟は母からも親父側からも無理押しされてた様~・・カァーい相に・・・アイツそん時、1歳に成りたてくらいだった、当然、付きっ切りに面倒が必要不可欠な年齢、母側~父側共にいわゆる押し付け合わされ・・その瞬間、・・・私は夜中まで続いたその交渉会議に起きてられる歳な訳無くて、爆睡な訳で、~zzz・・何かね気付くと‥相、真っ暗な夜~何時とかゼンゼン分からんけど、誰かの車の助手席にランドセルを背負って座ってたのね~zzz、半分以上~目も覚めて無くてホント、ボぉ~~としてたのね、と、車窓から・・何か斜めに親父の顔が有って、イキナリー!!!「降りろー!!!!」と、普段あまり聞かないデケー叫び声の様な、怒号の様な声に、その半分以上ボ~としてた私の意識が、ハっと戻って、その親父がひたすら怖くて思わず車を降りちゃったんだよね・・・と、同時くらいに、半分程しか開いて無い窓ガラスの隙間から、「お爺さん!!!こんな小さな子の面倒なんか見れる訳無いでしょう!!!」・・声の主は父方の祖母、と、その父方の爺さんは、抱えてた弟をその僅かな隙間から押し投げる様に車内へ投げ入れた~~「運命のトレード成立」の図、私と弟とのね、・・あくまでその時の私は何~~も分かって無かったのだけど、実際その様に寝ぼけ眼な状態だしね、直ぐに車が走り出しその後ろの赤いライトの遠ざかってく画像だけちょっと覚えてた・・・・で、ま、その後、私は直ぐ再び寝てしまったんだろう、その時の記憶は其処で切れてしまう・・・・翌朝、静まり返った冬の朝、朝日が眩しく窓から入る中、のそっと起き上がって見渡すと、・・・ま、母親の姿は無く、・・と、ベビーベットの中身も空っぽ~・・の図、・・・夢みたいな夕べのは、夢で無くマジだったんだ~~・・でも、えっ?、お母ちゃん居ないの~・・・どーーすんだろう?、ちょー不安に成った、不安しか無いそんな・・なのにヤケに静かな朝だったの覚えてる~~、と、母親達の方も、その会談の終わりら辺は、相当、鬼気迫り半ば強引に結ばぬ互いの妥協点足せず・・そしてあの夜のそのシーンへと繋がって、・・でね、向こう、母親の実家、ばーちゃん家に着いてから、私が居ない事に気付いた相です、・・!!!!、この会談、仕切ってた母親の姉の旦那さん、私からして伯父さんなのだけど、その私を残してしまった事だけが唯一の失敗だった…後に相、語ってた・・その後、父親は、私をエサに~~、母親に戻って来る様に攻勢で毎週の様にその祖母ちゃん家へ説得に‥私も当然連れてね、がその私が2年に上がる頃、ま、正式に協議離婚が成立、・・が、親父はとにかく私さえ手放さなければ何時か何とか成るんじゃ無いか~的、ノータリン振りを継続・・・どんくらいまで相だったかは覚えが無いんだけど、とにかくあのヒトは、子共が可愛くて手放さなかったのでは無い、息子だからそれが分かる、遺伝子レベルの親父像が理解出来るのは、やっぱり実の息子だからだ、それからの親父は、‥例えば飲み屋の女性の気を引こう~てな道具として私を使ったり・・・ま、よくある「パシリ」・・酒だのタバコだの~毎度毎度押し付けて・・・ま、でも、ほぼ家に居なかった~ずっーーーーと飲み歩いてたから・・毎日だ、稼いだお金はそんな飲み代ばかりに全て費やしてしまって、・・それにより生活が成り立たなく成ってその苦しみに母親はついに耐え切れなく成っての離婚だ、「2人でも苦しい・・なら、1人での苦しみも同じ・・寧ろ、まだ、そっちの方がマシ」母親は相言った、・・・・あら~このネタはもう何度もブログに書いてる筈なんだけど、何かついまた、書いてる~~・・・何かね、ま、想い出し・・また、甦っちゃったからね何でかワカランけど・・・・そー言えば、これは母方は知らない事・・私と親父の2人暮らしん時だからね、親父は典型的な外面がイイ~男、腹でナニ考えてるか分からないクセにとにかく自分はイイ~人アピールが甚だしい、で、創価学会の誘い~此の中部地域は結構、盛んなトコですからね、と、学会には周期的な集まりが有るんだよね~、「座談会」成る集会、誘われるとホイホイ行っちゃう~、創価学会ってのは、ご本尊を自宅に備え、ま、朝晩と南無妙法蓮華経~を唱え~てなのする物なのだけど、その渡されたご本尊~?・・当然、そんな朝晩のお努めなんぞ1んチでもした事無いし、掃除すらせんで埃塗れだし~~、親父ってそれでも飲み屋同様人の大勢居る様なの・・あれ~好きな人なのかも知れない、宗教心、信仰心なんぞ欠片も無くてもそっちと、ま、その外面の良さで相言うのにも参加出来ちゃうんだよね、暫くすると、創価学会って、そんな年齢もエエーー歳の独り者の親父へ再婚話とか持って来たりして~~、当然、お相手も学会委員で~みたいな、親父はその頃だと~~幾つかな~?、30半ばくらいだったと思う、と、学会内で見積もった女性は、29歳の人だった、ふっくらした女の人、・・・何か話はドンドン進んで、ま、正確には籍とかはまだだったんだけど、そのお姉さん~?つーか、オバサンつーか、その人は家で一緒に暮らし始めてしまった、・・・ま~~よく有る話し、突然、生活に入って来られても自分の母親はもう居るんだ~~的、ね、コドモながらなのも無くは無かったけど、私もきっとその頃、母親の愛に飢えてたんじゃ無いかな~~、正直、ココロの奥底に蟠りを隠しつつ、でも、そのお姉さんにワザとらしく甘え懐いた様にしてた、・・何だろう?、やっぱ嬉しかったんだと思う、学校から戻るとそれまでは誰ーーーーも居なかった家に、その人は居る図~~が、嫌では無かった・・・・・・が、ま~物事は相はウマくは行かなくて、その生活も2カ月・・・行って無いか・・1が月チョイかな~~、真夜中に、そのお姉さんが持って来てたレコードプレーヤーで音楽を流しながら、まるで子供みたいに、・・いやホントその様に「ワァーーー💦💦」って声上げて泣いてんのね、・・・私はめが覚めたけどそのまま狸寝入りを続けてると、親父も漸く起きて、「どーーしたの~~?」・・・何か、昔の悲しい事を想い出してしまった~ってな事、言ってた、・・・何日か後~、そのお姉さんは以前、つまりまだ親父との婚姻話の前、精神科の病院に入院してた人なのね、で、退院して、病状も良く安定して来た折、この縁談へ辿り着いた相な・・・と、ま、まだ正確には籍入れが済んでなかったけど一緒に住んでた仮夫婦の中の話しで、一度、病院へ行ってみては~~てな結論に達した様だった、・・・どれくらいか覚えて無いのだけど、お姉さんはそれ系の病院へ自ら診察に出向き、‥その後、戻って来る事は無かった・・・一度、病院から親父に呼び出しが有って、私と2人で来院した、・・・病院、普通の相じゃ無い病院とは明らかに何か違う風なの・・その作りってかね、子供ながらに読み取って・・・入ってくと何階かに上がると、私が日頃相対する人間と何かしら違うオーラを醸す人達がゾロゾロ居て、皆が私を観て「可愛い~~」を繰り返してた、と、その中に、お姉さんも居た、何時もみたいに傍に寄ってった、と、父親は、看護婦さんから「先生がお話がある様です」てな事、言われ、引率されて行ってしまった、周りの異様な人達に少々ビビってる私にはお姉さんだけが守ってくれる味方みたいなね、母親~とはまだ呼べなくても、うーーん、ま、いわゆる親しい、そして新しい家族の一員・・・だと、その時は考えてたんだけど・・・・親父とその担当医の中で、どんな話が交わされたのかは分からない、私は彼女と2人、違う場所に居たのだから・・・・しかし、その後、無言のまま親父と病院を後にして、親父から、何の説明も無かった・・・・でその週の日曜の夕方近くだったと思うのだけど、親父の兄弟の一番下のお兄ちゃん・・・お兄ちゃんと若いから言っちゃってたけど正確には叔父さんだね、その兄ちゃんがトラックで来て、お姉さんが持って来た荷物、全てを荷台へ積み、春日井のそのお姉さんと1度だけ2人で行った実家のアパート、何か、変わってるのはお父さん・・私からするとおじいちゃんか?、とおばあちゃんが何でか?、別々に部屋を借りて別々に暮らしてんだよね・・・の、どっちの部屋だったか、親父達の話し後、一気にどちらかの部屋へその荷物を運び・・帰った・・・・この親父達の僅かな新婚生活はそれで終わった・・・・・どうしたの?、何んなの~~?、詳細を何でか私は親父に問えず、・・・でも、この起こった出来事を足し算し、その答えを子供ながら受け止めた・・・せっかく仲良しに成ったお姉さん・・好きだったのに、甘えたかったのに・・・・とにかくこの話は、これ以降、何も無い・・・・また、学校が終わると、真っ暗な部屋へ戻る私に戻っただけだった・・・・・・


せせらぎ
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